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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)6306号 判決

原告

金谷忠夫

被告

日通大阪運輸株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一九四〇万二六二〇円及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金三八一九万七二七六円及びこれに対する平成四年一〇月九日(症状固定日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車からの荷下し作業中、積み荷がくずれて負傷した原告が、右貨物自動車の保有者に対して、主位的に自動車損害賠償保障法三条に基づき、予備的に民法七一五条に基づき、逸失利益等の損害賠償を求め、被告が運行起因性、業務性について争つた事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

〈1〉 日時 平成元年六月二二日午前八時四〇分ころ

〈2〉 場所 大阪府堺市浜寺元町四丁四七八番二号先路上と訴外坂本商事株式会社構内(倉庫入口付近)とにまたがる部分

〈3〉 関係車両 普通貨物コンテナ専用車(以下「被告車」という。)

〈4〉 加害者 訴外上田重義(以下「訴外上田」という。)

〈5〉 事故態様 原告と訴外上田が被告車から荷を下していた際、荷くづれが起き、原告が負傷した。

2  被告の責任原因

被告は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に当たる。また訴外上田は被告の被用者である。

3  損害の填補

原告は、被告から四六万円、労災から休業補償給付金八〇九万〇六四〇円、障害補償年金九一〇万四八〇〇円の損害の填補を受けている。

二  争点

1  運行起因性、業務性について

(一) 原告の主張の趣旨

第一(運行起因性)について。

〈1〉被告車は訴外坂本商事株式会社(以下単に「坂本商事」という。)の構内と道路にまたがつて停車されていたこと、〈2〉停車後約一〇分で荷下し作業が始まりそれから四〇分後に本件事故が発生したこと、〈3〉荷下し作業時間は五〇分位と予定されており、被告車は作業終了後、次の積載場所に回るか、帰途につく予定であつたことから考えると、本件荷下し作業は時間的、場所的に被告車の走行と密着していると言える。また、被告車は普通貨物コンテナ専用車であり、コンテナに附属されている装置をその目的に従つて利用していたもので、本件事故は、当該車両の装置に密着し、これと同視しうる装置の用法に従つて用いたことによつて発生したものである。したがつて、走行との密着性という観点から見ても、車両の装置の用法に従つてこれを用いていたかという観点からみても、本件事故には運行起因性が認められる。

また、原告は、被告が運転手以外に補助者をつけていなかつたため、好意的に訴外上田を手伝つていただけであるから、自動車損害賠償保障法三条の「他人」に当たることも明らかである。

第二に、仮に、被告に自動車損害賠償保障法三条の責任が認められないとしても、本件荷下し作業は被告の業務としてなされたものである。訴外上田は、車両前部がやや高くなつているうえ、積み荷が滑りやすいことを熟知していたのであるから、この点を充分注意し、更に原告にも注意を促し、事故を未然に防止すべき注意業務があるのにこれを怠つたために本件事故を惹起したものである。したがつて、被告は民法七一五条の責任を負う。

(二) 被告及び補助参加人の主張の要旨

自動車損害賠償保障法三条にいう「運行によつて」とは、自動車を当該装置の用い方に従い用いることと定義されるが、本件事故は、コンテナの床に差し込んで使用していたジヨルダーによつて発生している。そして、ジヨルダーは本件車両それ自体に用いられるものではなく、本件車両に常備されているものでもないから、本件車両の固有の装置に該当しない。また、コンテナ自体は被告車の固有の装置とは言えない。したがつて、本件事故は運行によつて生じたものではない。

なお、事故の発生した場所が一般通行から遮断された場所であるか、事故の態様が駐停車前後の走行と連続性があるか等を総合的にみて運行起因性の有無を判断する説もあるが、これは自動車損害賠償保障法二条二項の文言の解釈とどう結び付くのか不明確で採用できない。もし仮に、この説に従つたとしても、本件荷下し作業の主体は坂本商事であるのに対し、その前後の走行は被告が主体であるから、荷下し作業は走行と連続性を欠くものと言える。したがつて、いずれの説に立つても、本件事故は運行によつて生じたものということはできない。

また、仮に荷下し作業が運行に当たるとしても、被告と坂本商事との間の運行契約では荷下し作業は坂本商事側が主体となるべきものであるから、本件車両の運行支配・運行利益は坂本商事の従業員として荷下し作業に従事していた原告にあるとみるべきである。したがつて、原告は自動車損害賠償保障法三条にいう「他人」には該当しないし、本件荷下し作業が原告の予備的に主張する民法七一五条の業務に当たらないことも明らかである。

2  過失相殺

(被告及び補助参加人の主張の要旨)

原告は訴外上田と共にコンテナ内に入つて積み荷のベニヤ板を動かす作業をし、本件事故を直接招来したと言える。しかも、荷下し作業の主体は坂本商事であつて、訴外上田はその作業を手伝つていたにすぎない。原告は荷下し作業において主導的役割を果たしており、本件事故は原告の自損事故とみるべきであつて、仮に被告に運行供用者責任ないしは使用者責任があるとしても、原告の過失割合は圧倒的に大きい。

3  原告の後遺障害の程度

(原告の主張の要旨)

原告は平成四年一〇月九日症状固定し、右足部拘縮、左第二、三、四趾PIP以下欠損等の後遺障害を残したもので、その程度は自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という。)五級に相当する。

4  損害額全般

(原告の主張額)

〈1〉 トイレ改造費 一一〇万円

〈2〉 休業損害 一六〇六万四一六一円

原告は、事故日である平成元年六月二二日から平成四年一〇月九日まで全期間休業した。

〈3〉 逸失利益 二二五五万七二七六円

昭和六三年の給与所得四八六万一〇〇〇円を基礎に、就労可能年数七年、労働能力喪失割合七九パーセントとみて、四八六万一〇〇〇円×〇・七九×五・八七四で求められる数値。

〈4〉 後遺障害慰謝料 一二〇〇万円

〈1〉ないし〈4〉の合計五一七二万一四三七円のうち、三五一九万七二七六円及び〈5〉相当弁護士費用三〇〇万円の総計三八一九万七二七六円及びこれに対する症状固定日である平成四年一〇月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三争点に対する判断

一  争点1(運行起因性)、争点2(過失相殺)について(一)裁判所の認定事実

証拠(甲三、四、一二、検甲七ないし一〇、検乙一ないし五、検丙一ないし一二、原告本人、証人上田重義)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

〈1〉  運搬業を営む被告の従業員である訴外上田は、被告車を道路と坂本商事の敷地にまたがる形で駐車させ、道路の方がやや低かつたので、被告車の前輪に木製のはめものをかませ、駐車後間もなくコンテナ内に積まれたベニヤ板の荷下しにかかつた。

従来から坂本商事と被告との間においては、荷下しは被告従業員である運転手がこれを行い、坂本商事において手の空いている者がこれを手伝つていた。これに従い、原告が荷下し作業を手伝うことになつた。

〈2〉  被告車はコンテナ専用の貨物車であつて、被告車の荷台にはコンテナを結合するために凹型の固定装置が設置されており、これをコンテナ下部に設置された金属性の爪部分と結合させることによつて、被告車とコンテナは連結されている。これによつて、被告車とコンテナは衝撃によつても離合することなく、また一見コンテナ部分が被告車の屋根付きの荷台であるかのような外観を示す(特に検乙二ないし五、検丙九)。

そして、コンテナの床面はジョルダーを差し込むための溝が設けられている、ジョルダーはころのついた底面をコンテナの床面の溝部分に差し込み、荷物をコンテナの奥から荷台入口付近に移動させる用具である。ジョルダー自体は被告車に備え付けられているものではない(特に検丙一ないし八)。

〈3〉  訴外上田はコンテナの床面に乗り、原告とともに、コンテナの奥の方でジョルダーを使い、荷下しをしていたが、その際、コンテナの一番奥に積み上げられていたベニヤ板が前方に倒れたため、荷くづれが起こつた。訴外上田は素早くコンテナ外に逃げたが、原告はベニヤの下敷きになり負傷を負つた。

以上の事実が認められる。被告は「運行契約上、坂本商事が荷下し作業の主体であつた。」と主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(二) 運行起因性についの裁判所の判断

自動車損害賠償保障法二条二項にいう「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」には、走行停止の状態におかれている自動車の固有の装置をその目的に従つて操作使用する場合も含むと解するのが相当である(昭和五二年一一月二四日第一小法廷判決・民集三一巻六号九一八頁参照)。

そこで、この観点から(一)の事実を見るに、被告車はコンテナ専用車であつてその形態からしてコンテナなしで、貨物を運搬できず、コンテナと一体となつてはじめて貨物自動車としての効用を果たしうるものであり、コンテナを被告車に乗せた場合、コンテナと被告車の荷台は物理的にも外観上も一体をなすものである。そして、右コンテナの床面は、ジョルダーを差し込むための溝が設けられており、本件事故は右ジョルダーを用いての作業中に起きたものである。

右事実関係のものとにおいては、溝が設けられているコンテナの床面は、本件車両と一体をなすものとして本件車両の固有の装置というに妨げはない。また、本件荷下し作業は、直接的にはジョルダーを用いてなされたものであるにせよ、そのジョルダーは、床面の溝にこれを差し込むことによつてその効用を果たすものであるから、本件荷下し作業は本件車両の固有の装置をその目的に従つて使用することによつて行われたものということができる。

そして、本件荷下し作業の主体は訴外上田であつて、原告はこれを半ば好意的に手伝つていたに過ぎないから、自動車損害賠償保障法三条の他人に該当する。

よつて、被告には自動車損害賠償保障法三条の運行供用者責任があり、使用者責任につき判断するまでもなく、賠償責任が認められる。

(三) 過失相殺の主張についての裁判所の判断

原告が訴外上田と荷下しをしている際に本件事故が起きたことは認められるものの、原告の作業内容や作業手順に荷くづれを惹起こすようなものがあつたことは被告の主張上も証拠上も窺えない。そうすると、荷くづれが起きたのは荷物の積載方法や駐車方法に何らかの問題があつたことが原因と考えられるが、その積み荷を積んだのは訴外上田であつて、原告は積み荷の具合はよく把握していなかつたこと、被告車は駐車し、はめものをかませたのも訴外上田であることからすると、これらの点においても、原告に過失相殺の対象となるべき落度を見出すことはできない。

よつて、被告の過失相殺の主張は理由がない。

二  争点3(原告の後遺障害の程度)について

(一)  裁判所の認定事実

証拠(甲五、六、検甲一ないし六、丙二、原告本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。

1 原告の傷害内容及び治療状況

原告(大正一五年八月二四日生、事故当時六二歳)は、本件事故により、〈1〉頭部裂傷、〈2〉頭部捻挫、〈3〉右下腿骨折、〈4〉左下腿開放骨折、〈5〉左橈骨遠位端開放骨折、〈6〉左第五中手骨骨折、〈7〉左足部挫滅創、〈8〉腰部・骨盤部挫傷の傷害を負い、本件事故当日である平成元年六月二二日から同年一二月三〇日までの一九二日間、及び平成二年八月三〇日から同年一一月三〇日までの九三日の各期間に亘り、馬場記念病院に入院し、また平成元年一二月三一日から入院期間を除き平成四年一〇月九日まで同病院に通院した。

右各傷害のうち、最も重篤であつたのは、〈7〉であり、平成二年一二月一二日骨の一部切除の手術を受け、平成三年一一月二九日に左第二、第四趾の形成手術を受けた。その後、外来通院し、平成四年九月にカルテ上には「下肢症状なし。」との記載が認められる。

2 症状固定時期とその際の障害内容

原告は平成四年一〇月九日症状固定の診断を受けたもので、右診断の時期が症状固定時期と認められる。丙二中には「平成三年一二月が固定時期と認められる。」旨の記載があるが、右に見たように、原告は平成三年一一月に重大な手術を受けているのであつて、この経過観察に相当期間を要すると考えられるから、同年一二月を固定時期とするのはいかにも早すぎる。

平成四年一〇月九日段階で、原告には、〈1〉顔面に九センチメートルの瘢痕、〈2〉左手の瘢痕、〈3〉左足部の瘢痕、〈4〉左母指PIP関節の著しい機能障害、〈5〉左手関節の機能障害、〈6〉左第二から第五指の各MP、PIP、DIP関節の機能障害、〈7〉左脛骨変形治癒、〈8〉左腓骨偽関節、〈9〉左第一趾IP関節用廃、〈10〉左第二から第五号趾の用廃、〈11〉左下肢短縮三センチメートルが認められた。右の内、〈6〉は等級表に該当するものは無いが、〈1〉が一二級一三号に、〈2〉が一四級一一号に、〈3〉が一四級一一号に、〈4〉が一〇級七号に、〈5〉が一二級六号に、〈7〉が一二級八号に、〈8〉が八級九号に、〈9〉が一二級一一号に、〈10〉が一三級一一号、一四級九号、一四級九号、一四級九号に、〈11〉が一〇級八号に各該当する。

原告の自覚症状としては、正座不能、歩行開始時左母趾痛のため跛行、自転車運転不能、階段を降りるのが一歩ずつしかできない、杖なしでは長距離を歩行できない、様式トイレしか使用できない、左手でタオルがしぼれない等である。

3 後遺障害の程度の判断

2記載の〈1〉ないし〈3〉は同じ醜状痕として一二級相当であり、〈4〉、〈5〉は左上肢の機能障害であり九級相当、〈7〉の変形治癒により〈11〉の下肢短縮が生じたと認められることから、障害としては重い一〇級八号に、〈9〉〈10〉は右足部の機能障害としてまとめることができ一一級相当である。したがつて、原告には一二級、九級、八級、一一級、一〇級の五つの系統の障害が存し、これを併合すると原告の後遺障害は等級表七級相当と考えるとのが妥当である。そして、等級表七級の労働能力喪失割合が自賠及び労災実務上五六パーセントと取り扱われていることは当裁判所に顕著であること、原告の愁訴の内容、原告の業務の内容、年齢等を考え併せその労働能力喪失割合は五六パーセントとみるのが相当である。

そして右障害は終生存続すると認められる。

三  争点4(損害額)について

1  トイレ改造費 一一〇万円(主張同額)(甲八、一二)

2  休業損害 一六〇四万七九五八円(主張一六〇六万四一六一円)

証拠(甲九ないし一二)によれば、原告は本件事故当時、年四八六万一〇〇〇円の収入を得ていたこと、少なくとも平成四年一〇月までは休業しており無収入であつたこと、平成二年五月坂本商事を退職したことが認められる。そして、前記認定のように原告の傷害は身体の各部位に及びいずれも軽くないこと、原告が比較的高齢であり他に職を求めることも困難であることを考えると、右休業期間全部に亘る休業が本件事故と相当因果関係があると認められる。

そこで、原告の年収四八六万一〇〇〇円を基礎として休業損害を計算すると、一六〇四万七九五八円(四八六万一〇〇〇円×(三年+一一〇日÷三六五日)円未満切捨、以下同様)となる。

3  逸失利益 一〇一一万〇一〇二円

(主張 二二五五万七二七六円)

原告は事故時六二歳、固定時六六歳であるところ、もし本件事故に遭わなければ、七一歳まで労働可能である(平成四年度簡易生命表男子六二歳の者の平均余命一八・五四歳の半分を基準とした)。そこで前記原告の年収四八六万一〇〇〇円を基礎に、ホフマン方式により原告の逸失利益を算定すると一〇一一万〇一〇二円(四八六万一〇〇〇円×〇・五六×(七・二七八-三・五六四)となる。

4  後遺障害慰謝料 八〇〇万円(主張一二〇〇万円)前記原告の後遺障害の内容、程度に鑑み八〇〇万円とみるのが相当である。

第四賠償額の算定

一  第三の三2、3即ち原告の消極損害の合計は二六一五万八〇六〇円である。これから、前記(第二の一3)労災からの損害填補額一七一九万五四四〇円を差し引くと八九六万二六二〇円となる。

なお、休業特別支給金、障害特別年金は労働者の福祉のための制度であるから損害額から控除できない。

二  一の金額に第三、三、1と4の損害額を加えると一八〇六万二六二〇円(八九六万二六二〇円+一一〇万円+八〇〇万円)となる。

これから前記(第二の一3)の被告からの損害填補額四六万円を差し引くと一七六〇万二六二〇円となる。

三  弁護士費用 一八〇万円(主張三〇〇万円)

本件事案の内容、審理経過、右二の金額等の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として被告が負担すべき金額は一八〇万円と認められる。

四  前記二の金額に右三の金額を加えると、計一九四〇万二六二〇円となる。

よつて、原告の被告に対する請求は、右金額及びこれに対する平成四年一〇月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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